2009年09月06日

メニエール病との闘い



その病気は突然やってきました。


8月30日、日曜日の深夜のことでした。

パソコンに向かってメールチェックをしていた女房のマリセルが、 「 左の耳に耳鳴りがする・・・ 」 と言ってきました。
本人も変だなと思って、すぐにパソコンを止めてベッドに横になりました。
すると今度は、 「 めまいがする・・・ 」 と言い出すのです。

めまいぐらいなら、ちょっと横になっていれば大丈夫かなと思っていたら、今度は、激しい吐き気が襲ってきました。
マリセルの容態を見ていても、どれだけ激しいめまい発作かがすぐに解りました。

病院へ連れて行かなければと思うまでにそんなに時間はかかりませんでしたが、今度はあまりに激しいめまいと吐き気で身体を動かすこともままなりませんでした。
隣の部屋で寝ていたお店のスタッフ連中を起こし、手伝ってもらって、とにかく担いでマリセルをクルマに乗せました。

行き先の救急病院は、マカティ・メディカル・センターです。
とにかく住まいから、5分くらいの一番近い総合病院です。
時間は夜中の4時ころだったと思います。
病院のエマージェンシーにクルマを入れると、すぐに警備の方が容態を見て、 「 ストレッチャー! 」 ( 車輪の付いたベッド ) と叫んでいました。

この日のこの時間に、なぜか広い救急室の中には、マリセル以外に誰も患者が居なかったのです。
そのためか、すぐに5〜6人くらいの看護士さんに囲まれて、応急処置が始まりました。
私もマリセルが大病院の中にいるという状況に、ちょっとホッした瞬間でした。

少しすると、女医さんが現れてマリセルを診断してから、私に病気の説明をしてくれました。
「 急激なめまい発作 」、 「 吐き気 」、 「 片側の耳の難聴 」
この症状からすると、メニエール病の疑いがあると言われました。


「 メニエール病 」

聞いたことのない病名でした。


後で、WEBで調べましたところ、

 聴覚と平衡感覚のセンサーである内耳(ないじ)は、骨迷路という骨の中の空洞に膜迷路すなわち感覚細胞からなる袋が収められた構造になっています。骨迷路と膜迷路の隙間は外リンパ(液)が、膜迷路の袋の中は内リンパ(液)が満たしています。メニエール病は膜迷路が膨張する内リンパ水腫(すいしゅ)によって、めまい、耳鳴り、難聴などの症状を繰り返す病気です。
 内リンパ水腫がなぜこれらの症状を反復して引き起こすのかはいまだに明確にされておらず、また内リンパ水腫自体の原因も不明で、内リンパの吸収障害説、過剰産生説、内耳の循環障害説、ウイルス感染説、ホルモン異常説、ストレスによる自律神経失調説などの諸説があります。 ( Webサイトより抜粋 )


これだけでは、どんな病気か良く解りませんが、時を同じくして、女優の美保純さんがこの病気のために舞台の主役を降板するということを知りました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090903-00000020-oric-ent
仕事や、通常の生活にも大きな影響を及ぼすということで、難病であることに間違いはなさそうです。


女房の病気は、まだ 「 メニエール病 」と決まった訳ではなく、その疑いがあるということです。
しかし、苦しむマリセルを、この苦しみから一時的であっても解放してあげなければなりません。
救急室での治療は続きました。
点滴や、めまいを取るための注射や投薬、それに血液検査や心電図検査などです。

治療にもかかわらす、マリセルの症状は一向に良くならないので、病院側からは、病室に移って入院治療をするように言われました。
私もそうしなければならない・・・と、ぼんやりとした頭で考えて、とりあえず一番安い相部屋の病室へ入ろうと思っていました。

しかし、私の難関は、その後にやってきました。
病院に到着してから3時間後くらいに、看護士さんから急に、「 デポジット( 預かり金 ) を入れて下さい。 」 と言われたのです。

金額を見て驚きました。
とても財布の中に入っているお金で払えるような金額ではありませんでした。

マリセルの症状は良くなることも無く、ベッドの上で苦しんでいます。

私が決断するのにそれほど時間はかかりませんでした。
私は、マリセルにささやきました。

「 マリセル、ごめんね・・・ 」

そして、看護士さんに今すぐこの病院から退出する旨を伝えました。
はじめて少ししかやっていない点滴の針を抜いて、マリセルを抱きかかえて病院を出てきました。

最初から、この病院に来なければ・・・・・
と何度も後悔しましたが、あの状況で他の何処に救急病院があるかもわからずにとにかく夢中でこの病院に来てしまいました。
結局この病院は、私達には分相応ではなかったのです。


マリセルを家に連れて帰ってベッドに寝かせてから、私自身も一晩中寝ていないことを思い出したように床に敷いてあったイチローのマットレスに倒れ込みました。

マットレスの上で、悔しくて悔しくて涙が出てきました。
女房が苦しんでいるのに、どうしてやることもできませんでした。
情けないです。



それから10時間後くらいに、私の目が覚めました。
マリセルの具合は、吐き気は無くなっていましたが、激しいめまいと難聴は続いています。
私は、耳鼻咽喉科のドクターを探して、こんどは、ローカル ( 一般庶民の ) の病院へ行きました。
そこのドクターも、恐らく 「 メニエール病 」 だろうと言いました。
どうして、こんなに長時間めまいが続くのかと聞きましたら、長いときは1週間くらいめまいが続くと言われました。
とにかく、内リンパ水腫の腫れを取らなければならないので、薬を処方していただきまして、入院することなく自宅で静養するようにアドバイスを受けて帰ってきました。

私の闘いは、そこから始まりました。
とにかく、寝ずにこの病気がどんな病気なのかを、WEBで調べまくりました。
病気と闘うためには、医者まかせにしてはならないと思っているからです。
日本ならまだしも、ここはフィリピンです。
自分で知識をつけるながら、治療を進めていかなければなりません。


マリセルが倒れてから、今日で丸6日が経過しました。
しかし、激しいめまいは続いていて、一日中ベッドの上で横になっているしかありません。
なんとかめまいだけでも取り去ってやりたいのですが・・・


私にはお店があります。
毎日買いにいらしていただけるお客様のご期待にこたえなければなりません。
しかし、私の横にはいつもスタッフが居てくれます。
スタッフも全員マリセルのことを心配してくれていて、この緊急事態に休日も返上して頑張ってくれています。
マリセルが店頭に立っていない間に、ご不便をおかけするかもしれませんが、なにとぞご理解いただきたいと思っています。
私達も、一日も早いマリセルの回復と仕事への復帰に頑張っていきます。


今後、しばらくの間、このブログの更新を休ませていただきたいと思っています。
また、温かい励ましのコメントをいただいておりおますが、やはりしばらくの間はコメントのお返事ができなくなりますことをご了承下さい。


最後になりますが、私はここまで何度となく困難に直面してきました。
今回は、新店舗を立ち上げた直後に、マリセルが突然の病気に襲われてしまいました。

しかし、どんな困難であっても、私は絶対に乗り越えていきます。
あきらめたらお仕舞いです。
何があっても負けません。







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2009年08月29日

マカティ・レガスピ・ビレッジにシュークリームのお店を出した理由

ブログ記事を更新しようにも、時々筆が進まないことがあります。

私の場合は、ブログを書くときには必ず写真を載せたいので、そもそも写真がなければなりません。
写真を載せようとすると、画像をパソコンに取り込んだり、画像サイズを処理したりしなければならず、時と場合によっては面倒くさいときもあります。

今月もまだ4回しか記事を更新しておらず、前回の更新から2週間も経ってしまいました。(汗)

私は、お店を立ち上げた後に、必ずと言っていいほど体調を崩します。
メトロポリス店の時も体調を崩しました。
SMサウスモール店の時も体調を崩しました。
マカティ店 ( THE ZONE )の時も体調を崩しました。
そして、今回のレガスピ・ビレッジ店もそうなりました。(爆)

ブログを更新しなかったのは、そのような理由からとご理解くだされば幸いです。
とりあえず今は体調も万全(?)に戻っていますので大丈夫です。

レガスピ・ビレッジ店は、8月1日に、強行にも仮営業を開始しましたが、早いもので、もう1ヶ月が経とうとしています。

看板がなかなか付かなかったり、アキノ元大統領の喪中と重なってしまったりという不運にも見舞われましたが、なんとか1ヶ月間は持ちこたえたようです。(笑)

大体、新しいお店を立ち上げて、すぐに繁盛するのかと言えば、私にように小さい個人商店ではまずそのようなことはあり得ません。
ましてや、シュークリームなんか、まだまだフィリピンで有名ではないし、Happy Cream Puffというブランドもまだまだ世間には浸透していません。

レガスピ・ビレッジ店を立ち上げましたが、案の定、最初は全然売れませんでした。
売れないということを想定していたにもかかわらす、実際に売れないと冷汗が流れます。
これは、ご自分で商売をしている方なら良く解る感覚だと思います。
そして、お店を立ち上げたからには、そこで収益を上げなければ意味がありません。
ただ、過去の経験からして、先を急いだり、焦ったりしていいことはありませんでした。
ですから、私はこのレガスピ・ビレッジ店を小さく少しずつ育てていこうと思っています。
時々、私はブログにも書いているのですが、
「 毎日毎日、シュークリームを売り続けることが大切なんだ 」
と言っています。
まあこれは、焦っている自分に言い聞かせているのかもしれませんが、これは商売の基本ですね。
毎日、作って売る。
この繰り返しだけなんです。
いままで、これを3年間続けてきました。
これから、また3年間これを続けていきます。( 続けられれば・・・汗 )
きっと3年後には違う世界がそこにあるかもしれません。
いえ、本当に3年間、シュークリームを作り続ければ、きっと素晴らしいことがあると信じています。


レガスピ・ビレッジ店で営業を始めてから、面白い現象に遭遇しました。
多くのお客様が、恐る恐る1個だけシュークリームを買っていただけます。
フィリピンのお客様は、まず食わず嫌いです。( それは、私の過去の経験から言っています )
馴染みの無いものはなかなか口にしてくれません。
ビジネス街の中に突然出現した、シュークリームのショップが何なのか、なかなか理解していただけないというのが現実でした。
それでも、お客様が、1個だけシュークリームを食べていただけるということは、自分の中では超有難いことだと思っています。
仮開業開始直後にほとんど売れなかった時から始まって、今日までずっと右肩上がりでお客様の数が増えていることも事実です。
その理由も知っています。
まだ、ほとんど告知 ( 広告 ) 活動をしていないにもかかわらす、お客様の数が増えているのは、 「 口コミ 」効果が現れているからに他なりません。
食べていただいた後にオフィスに戻って、オフィスメイトの人達に、 「 あそこのクリームパフは美味しいよ 」 と言ってくれているかは定かではありませんが、口コミとはこうやって少しずつ評判が広がるものです。

このビジネスエリアでは、お一人のお客様が、毎日おやつにシュークリームをひとつ食べるということが当てはまるのかもしれません。
毎日作って売る。
毎日、おやつを買いに来ていただけるお客様がいらっしゃる。
この巨大なビジネス街にお店を出店した理由は、そこで働く人達に、小さな楽しみを提供することだということが少しずつ見えてきたように感じています。

結局、それでお客様が喜んでいただければ、それがHappy Cream Puffの存在価値だといえるのかもしれません。






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2009年08月16日

「 Happy Cream Puff 看板物語 」 おまけ編


前回 「 Happy Cream Puff 看板物語 」 を前編、中篇、後編として書いてきましたが、面白かったでしょうか?
コメントをいただいたり、直メをいただいたり、実際に「 ブログ読みました 」 と言ってレガスピ・ビレッジ店までいらしていただいた読者の方々もいらっしゃいました。
看板では苦労しましたが、実際にお声をおかけいただきまして私も嬉しかったです。
この場をお借りいたしまして御礼を申しあげます。
どうもありがとうございました。


今回の出店作業は、私にとりましても予期せぬ困難の連続でした。
全てのことをこのブログに書いている時間もありませんので(汗)、とりあえずその困難を代表するものを 「 看板 」 に置き換えまして前回の記事にて紹介したという訳でした。

それほどまでに、看板というものは重要なものということをアピールしたかった、ということかもしれません。


今日は、ちょっと息抜き記事を書いてみたくなりました。
( おいおい、忙しいのに何で息抜きなんだ・・・汗 )


看板

私は、このシュークリーム屋をはじめる前から、看板にはこだわりを持っていました。
それは、フィリピンで数多くの看板を目にするようになってから、看板にこだわっているお店が少ないなと感じたからかもしれません。

なんというか、パッと見てカッコいいと思うようなものが欲しかったのです。


約3年前、私はアラバンのメトロポリス・モール ( 現在はスター・モールに名称変更 ) への出店プランを必死になって作っていました。
それこそ徹夜続きで作業していた頃だったと思います。
( おいおい、未だに徹夜続きだろうが・・・・・・・汗)

たった10平方メートルの小さなキオスクでしたが、その看板をどのようなものにするかに、私はとてもこだわっていました。

当時のプラン図をいくつか紹介してみましょう。

これは、一番最初のキオスクのプランでした。

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イメージ的にはこれでも良かったのですが、看板のイメージは白地に赤文字と決めていました。
なぜなら、箱がそういうイメージでした。

large box.JPG


ということで、やはり私は、箱と同じイメージにしたかったのです。
それで作ったキオスクのイメージがこれです。

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高さが低くなりましたが、これは、通路の中央に置くキオスクは、モール規定の高さ制限があるからです。

そして、そのイメージ通りに作った看板とキオスクがこの写真です。

signboard history 1.JPG


看板部分の拡大です。

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こだわったのは、立体の文字をベース板から浮き上がらせて、さらにその文字に外部から照明を当てたかったということでした。
なんとこの、Happy Cream Puffの文字部分は、厚めの木の板を切って作りました。(爆)
その木に、赤いペイントを塗っただけです。

お金をかけることはできませんでしたが、とりあえず自分の思うイメージ通りの看板が付いて、いよいよシュークリーム屋の発進です。

今から、思えば、白地に赤い文字ではなく、赤地に白い文字でも良かったのかなとも思いますが、この時は、ずっと箱と同じイメージで行くんだと思い込んでいました。


次に、SMサウスモールに移転が決まり、また店舗のプラン作りが始まりました。
このフードコートへの新店舗にも、私は従来の看板のイメージを引き継ごうと思いました。 ( ただし、SMのフードコートの看板は立体文字は禁止でした )
最初の作業は、フードコートの写真に看板のイメージを重ね合わせる作業でした。
当時は、いろいろなデザインや組み合わせで、それこそ何十通りのプランを作ってみましたが、一番基本に合っていると思われたのがこの画像です。

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( これは写真を合成して私が作ったイメージです )


やはり箱と同じイメージです。

このプランを持って、建築士に見栄えの良いプラン図を作っていただいたのがこれです。
こうやって作ってもらったのを見ると、なかなかいい感じです。

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しかし、このプランには、反対意見が相次ぎました。
いろいろな理由があるのですが、白地にすると高級感に欠けるという意見でした。

そうなのかなあ〜、と思いつつ白と赤を反対にしてみました。
斜めになっていた文字も、素直にストレートの方が読みやすいということで、修正したのがこのイメージです。

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この2枚のプランを良く見比べて下さい。
確かにブランドイメージとか、高級感とかに違いが感じられます。
この時は、フードコートへの出店でしたので、あまり高級感を出すことにこだわっていませんでしたが、なんとなく、しっくりと落ち着いた感じの赤地に白文字の方でやってみることにしました。

それで、完成した店舗がこの写真です。

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今となっては、もう存在しない店舗なので、何気に懐かしい写真です。
( 思い出もいっぱい詰まっているお店でした )

このSMサウスモール・フードコートに掲げられていた看板は今はどこにあるのかって???

実は、ここにあります。

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なんとこれは新しいレガスピ・ビレッジ店です。
キッチン部分の窓の内側に張ってあります。(爆)
しかしこれで、SMサウスモールで2年間活躍してくれた看板を忘れることなく活用しているので、看板君も喜んでくれていることでしょう。


昨年の暮れに、マカティ店の出店計画を進めることになり、やはり私はまだ建設前の物件の写真に看板イメージを重ね合わせました。

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このイメージはまだ初期のもので、看板は立体文字で、それに外部からスポットライトを当てているというものです。
これは、最初に出店したメトロポリス・モール店と同じスタイルです。
どうも私は立体文字が好きなようです。(笑)

ただ、立体文字にすると、どうしてもコストがかさんでしまうために断念。
SMサウスモールと同じデザインに看板を付けたイメージがこれです。

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まあ、無難にまとまっている感じではあり、SMサウスモール店と同じデザインでもありますので、これで作ろうかと思っていました。

この、THE ZONEという倉庫型のバトミントン施設においては、看板はどんな大きさであっても、どんな形であっても 「 好き勝手に取り付けてください 」(笑) という優しいルールだったので、この際、ずっとデザインを温めていたオーバル型のトレードマークを看板に使ってみたいと思うようになり、最終的にそのオーバル看板を取り付けました。

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そして、前回の 「 看板物語 」を書きましたように、レガスピ・ビレッジ店の看板に繋がりました。

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( イチローがビニール袋と遊んでいますね、爆 )


ここの看板は、幅が狭く横長ということもあり、選択の余地なく、Happy Cream Puff と入れました。
夜になって照明が入ると、赤地に白抜きの文字が浮かび上がって、シンプルでありながら力強さを感じさせてくれるこの看板にして良かったと思っています。


こうやって、看板の歴史を見るだけで、その時々の自分自身の気持ちや考えが思い起こされます。

ただ、看板に込める想いや情熱は、いつも熱いものがあり、また、商売は看板から始まるんだという気持ちもいつも持っています。


もし、レガスピ・ビレッジ店がマカティビジネスエリアのお客様に支持されるようになり、もっと多くのお客様から、 「 ○○○にも、ショップを出店してください 」 (笑) と頼まれるようになったとしたら、次の出店計画を進めて、そこにはどんな看板を付けようかなと考えるのが、私の密かな楽しみなのかもしれません。
( この文章は、私が引き寄せの法則を使うために、思っていることをブログ記事に書くという、いつもの手法です、笑 )


ぜひ、次の看板は、立体文字にしたいです・・・・・(願)







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2009年08月12日

サインボードへの煮えたぎる想い ( 後編 )

それでは、 「 Happy Cream Puff 看板物語 」 の続きです。


8月7日(金)

午後一番に、マンション経営の会社に出向き、看板の契約書にサインを取り交わしてめでたく契約完了となりました。
私としましては、この日をずっと待っていたこともあり、朝からずっと興奮状態でした。
午後3時に、建設会社の作業者が看板を取り付けに来る約束をしていたので、私も今か今かと待っていました。
しかし、やはりフィリピン人です。
約束通りに来ることはありません。
ようやく夜の8時にやって来て(爆)、作業が始まりました。

事件はここで起こりました。

作業を始めようとしている私達のところへ、このマンションのガード ( 警備員 )がやってきて、看板取り付けの書類を見せてくれと言いました。
私は手元にあった看板に関する書類一式をガードに手渡しました。
その中には、契約書こそありませんでしたが ( 契約書は弁護士が持っているためです )、看板の1年1ヶ月分の看板賃貸料の領収書と、レガスピ・ビレッジの管理事務所が発行した看板取り付け許可証も入っていました。
しかしガードは、このマンション経営の会社が発行する 「 看板取り付け許可証 」 が無いと言い張ります。
私は、マカティ本店にいる女房のマリセルに電話をして確認したところ、そんな許可証はなくても、契約が終了しているので、いつでも看板の取り付けをしてもいいと口頭で許可を貰っているとのことでした。

私は、それをガードに説明しました。
そして、私が、ここのテナントのオーナーであることと、全てのお金も払い終わっていること、そして一日でも早く看板を付けることの重要性を説明し、さらに建設会社の作業員も来ていることを力説し、とにかく工事の開始許可を懇願しました。

そのガードは、優しい感じで、私の言うことを 「 うん、うん 」言いながら聞いてくれましたが、やはり決定権はありませんから、セキュリティーの責任者に盛んにトランシーバーで連絡を取っていました。
私もなんだか嫌な予感がしてきたので、とにかく女房のマリセルをこの場に来るように呼びました。

10分後くらいに、多分、警備のチーフとおぼしき人がやってきました。
私に代わって、今度は、私の女性従業員がそのチーフにもう一度、看板取り付けのお願いをしたのですが、そのチーフはいきなり怒りだしました。

私は、そのときのことを、生涯忘れることはできないでしょう。

そのチーフは、私達にタガログ語でこんなことを言いました。
「このマンションで、どんな作業をするのにも、必ず運営事務所が発行する許可証が要る。
許可証がなければどんな作業も一切することはできない。以上。」
そのチーフはそれだけ言って事務所へ戻ってしまいました。

それは、信じられない言葉でした。
私に対して最大限の侮辱と受け取りました。
そして、その瞬間、悔しくて仕方がありませんでした。

私は、泥棒ではありません。
そして、騒いで住民に迷惑をかけている訳でもありません。
ただ単に、自分が命を賭けて作っているお店に、命といってもいいくらいの 「 看板 」 を付けに来ただけです。
テナントや住民を守るべき警備の人が、言うべき言葉ではありません。

警備会社とは、マンション経営会社と契約している警備会社です。
しかし、その関係は密接です。
警備会社は、そのマンション経営会社のポリシーを受け継いでそのビルを管理するものです。
私は、前回の記事で、このマンション経営会社が、真剣にテナントに入っている人達に優しくしているのかという疑問を発しました。
それに対する答えが今回の事件だったのでしょう。

その直後に、女房のマリセルが到着しました。
看板取り付け許可を、直接聞いていたのはマリセルでしたから、彼女が話しすることが一番確実です。
マリセルは、この一部始終を聞いて、今度は逆ギレです。
私と一所に涙を流しながら、今度は、ガードに食ってかかりました。
私以上に、この看板を取り付けることに執念を燃やしていたのは、マリセルだったのかもしれません。

マリセルも怒鳴っていました。
「ふざけないで!
看板を取り付けてよいという許可を、事務所の○○○さんから実際にこの耳で聞いているのは、この私なの。許可証があろうがなかろうが、そんなことは関係ないわ。
今すぐ、事務所の○○○さんに自宅に電話して事実を確認しろ!
そして今すぐ作業をはじめます! 」
相手は拳銃も持っているガード達です。
しかし、そんなことは関係ありません。

もう、私達2人とも必死でした。
この夜に、看板が付かなければ、もう終わりくらいの気持ちでした。
命を賭けても、このレガスピ・ビレッジ店を完成させなければ未来は来ないことを、私達夫婦を突き動かしているのでしょう。

マリセルの話を聞いてくれたガードが、再びトランシーバーでチーフと話しています。事務所の○○○さんにすぐ電話するように言ってくれています。

待つこと5分、先ほどの悪態をついたチーフが再び現れて、こんどは180度小さい態度で、しどろもどろになりながら看板を取り付けて良いとの説明を始めました。

私達は勝ちました。
別に戦う相手ではありませんでしたが、売られた喧嘩だから買いました。
結局、 「 看板取り付け許可証 」 などというものは存在していないようです。
そりゃそうでしょ。
誰も取り付けない看板に、許可証なんか必要ではありませんから。(爆)


物語としては、これで一件落着なのですが、これで終わってしまっては、起業物語としては面白くないですね。
案の定、まだ面白いエピソードがありますので、もう少し話を続けたいと思います。


夜9時過ぎになって、看板の取り付け作業が始まりました。

こんな感じで、まずは、取り付いている看板の箱を取り外しにかかります。

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取り外した外枠に防水の看板素材を取り付けなければなりません。
取り付けはリベットで行うのですが、建設会社が持ってきたリベッター ( リベットを打ち込む機械です ) が壊れていて全然使えません。
( もちろん私は、壊れている機械を持ってきてどうするんだよ、という突っ込みを入れましたが・・・ )

結局、夜遅くまで頑張ってみましたが、この夜の看板取り付けは叶いませんでした。
それで、看板の枠を建設会社に持ち帰って、看板を枠に取り付けてから、翌日に取り付け作業をすることになりました。


翌、8月8日(土)
看板の取り付け作業の続きがはじまりました。

こんな感じで取り付けます。

signboard 5.JPG

この写真を良く見てください。

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看板の表面が波打っています。

「 おいおい、世界中で表面が波打っている看板なんてみたこともないぞ! 」
なんともいい加減な作業です。

マンションの管理事務所の人も見にきたのですが、やはり見栄えの悪い看板では取り付けを許可する訳にはいかないと言われてしまいました。

それで、また取り外しです。(泣)

取り外した看板のシワシワを修正する作業にはいります。

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イチローも心配そうに見ていますね。(笑)


私も作業を見ながら、「これは、素材をヒーターで温めながら引っ張ってリベットで止めるものだろう・・・・・ 」と突っ込みを入れました。
電話で、詳しい人に確認してみましたら、やはりヒーターで温めながらするとのことでした。
作業員はそんなことも知らずに作業をしています。

結局、何も知らないのに適当にやってしまうというフィリピン人特有の仕事を目の前で見せられてまた落胆です。(はぁ〜)


これは、何度修正しても直らずに、落胆している作業員の写真です。

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これをまた持ち帰り、綺麗に修正して再取り付けとなると、1週間はかかるでしょう。(本当に作業が何でも遅いんです、笑)


私としましては、表面がよれよれでも何でもいいので、とにかく重要なのは看板が付いていることです。
それで、管理事務所にお願いして、後日に修正するとの約束で、このヘロヘロ看板を仮取り付けすることを了解してもらいました。

夕方、私も一日中作業に立ち会っていました。 (見てないと作業員さん達は手が止まってしまいます、笑 )

とりあえず、側面看板は仮取り付け完了です。

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側道側の看板を設置完了後に、今度は前面の看板を取り付けます。

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取り付け作業中ですが、見事なまでに表面がシワシワです。(爆)

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ようやく、2つの看板が取り付きました。

そして夕方、看板に光が入りました。

これは、正面入口側の看板です。

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見事なまでに街路樹がかぶさっていて全然読めません。(爆)
なんと、この街路樹の枝を自分で切ると、レガスピ・ビレッジからペナルティーを受けるとのことです。
それで、正式にレガスピ・ビレッジの管理事務所へ行って余分な枝の除去作業を申請しました。
細い枝の除去作業がはじまるまでに1ヶ月も2ヶ月もかからないことを祈るばかりですが・・・(笑)


マカティのレガスピ・ビレッジの夜空に、はじめて光輝くHappy Cream Puffの文字が浮かび上がりました。

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私は長い時間外に立ちつくしてこの看板を眺めていました。
ここまで来る道のりがあまりにも長く苦しかったこともあり、この光景は私の心を癒してくれました。

この日の感動を、私は一生忘れることはないでしょう。




これで、看板取り付け物語は終わりです。

もちろん看板が付けば全てが上手くいくということではありませんし、これで完了ではなく、これから始まるということも私には解っています。

看板が付いた翌日からお客様が大勢来られるということではありませんが、私も3年間の道のりから、毎日毎日、この看板の下でシュークリームをお売りするという地道な活動を続けていくことが重要だということを知りました。
1ヶ月後、2ヶ月後、クリスマス、半年後、1年後・・・
とにかく少しずつ目標を持って進んでいきたいです。


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このHappy Cream Puff レガスピ・ビレッジ店が、マカティの新名所になることを信じています。







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2009年08月09日

サインボードへの煮えたぎる想い ( 中編 )



それでは前回の続きです。

「 Happy Cream Puff 看板物語 」を書いていきます。


この写真は、少し前までここで営業していたカフェのものです。

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お店の上部に看板のスペースがあります。 ( 街路樹がかぶさっていて見えにくいです )
解りにくいのですが、このカフェは看板を出していませんでした。
ガラスに店名を書いたポスターを内側から貼り付けているだけです。
ここのテナント物件のガラスはすべてスモークガラスなので、内側から張ったポスターは暗くて読みにくいですね。
側面はどうかというと、やはり看板は無くガラスの内側にポスターが貼ってあるだけです。

これでは、ここでカフェが営業しているということが全然わかりません。


それでは、視野を広げて、このマンションのテナント全体を見てみましょう。

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この写真はデラローサ通りに面したテナントさんが並んでいます。
もちろんデラローサ通りに面しているので、一等地と言っても差し支えないと思います。
小さくて解りにくいので、店舗部分をズームアップしてみましょう。

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この写真は見れば見るほど不思議な写真です。
そうです。
7軒のテナントさんが入っていまして、全てが営業していて、看板を出しているのは右端の2軒だけです。
一番右が、 「 マーキュリー・ドラックス 」 というフィリピン最大の薬屋さんチェーンです。その隣は 「ハードウエア 」とありますように建設資材屋さんです。
一番左の角が、上記のカフェ (現Happy Cream Puff )です。

もう一枚の写真は、このマンションの側道の部分です。

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右端が看板取り付け中のHappy Cream Puff です。
やはり、ここに入っているテナントさんも看板を出していないんです。
ちなみに看板を出していないところにも全部お店が入っていて、空物件ということではありません。
普通では、こんな光景はありえないことです。
一等地で商売をしながら看板を出していないとはどういうことなのでしょうか。


「 看板 」

それは商売をする上で何よりも大切なものと、私は理解しています。
たとえば、スターバックス・コーヒーがあるとします。
あの、「 STARBUCKS COFFEE 」と緑色に輝く看板がなかったらどうなりますか。
そこにスタバがあるということに誰も気が付かないでしょう。
あのなんとも知れない緑色の看板に誘われて、お客様は自然とスタバさんに引き寄せられているのです。


私は、このカフェ物件を最初に見に行った時に、メインのデラローサ通りに面している入り口の上部と、側道の上部にも看板のスペースがすでにあることに注目しました。
つまり、目立つ場所にいかに上手に看板を出すかで、商売が順調に発展していくかを見なければならないということに気が付いていました。
私は、今まで信じられないほど厳しい状況をいくつも克服してきました。
すでに、このフィリピンでどのようにしたら商売が繁盛するのかも直感と経験を持って考えればある程度は解ります。 ( もちろん、フィリピンですから何が起こるか解りませんけど・・・ )

ですから、私はこのカフェ物件を見に行ったその夜に、撮ってきた写真に看板を合成したイメージ図を作ってイメージを頭の中で完成させ、どれだけのお客様がご来店になるかというところまで考えに考え抜きました。
そして、その考えができるのは、世界中で私しかいません。
Happy Cream Puff をここまで作ってきた私だけがこのイメージを見て、そこでの商売繁盛を想像できるのです。


繰り返しますが、商売は看板ありきです。

前カフェオーナーさんがどんな理由で看板を出さなかったのかを当時は知りませんでしたが、せっかくの一等地にお店を構えながら、そこから撤退しなければならなくなった理由は、看板が無かったことが最大の要因と思われます。

ほとんどのテナントさんが看板を出さなかった理由。
それを知った時には私も驚きました。

ちょっと悪言い方をすれば、そのコンドミニアム ( マンション )を管理している企業が、なるべく看板を出させないようにしているということです。
つまり、看板使用料が信じられないくらい高額なのです。
おまけに、一年一ヶ月分を前払いしなければなりません。
フィリピン最大の薬屋さんチェーンなら払えるでしょう。
未だにマンション建設ラッシュが続いている、このレガスピ・ビレッジにある建設資材屋さんも支払えます。
しかし、一般の個人商店レベルで商売している店舗では、とてもじゃないけど先払いができる金額ではありません。
その現実が、上記の看板が無いお店が並んでいる写真ということになります。

それなら、Happy Cream Puffならその高額な看板使用料が払えるのでしょうか?
常識的には、払えない金額です。

ビジネスは裕福な人達にしかできないものではありません。
お金は無いけど、自分の商売に夢をもって、自分の力で果敢にチャレンジし、道を切り開いていくものです。
大変な道のりではありますが、素晴らしい人生を作っていくことができます。
そういう人達の夢を応援するのが、コンドミニアム ( マンション ) の一階部分にテナントを作り、お店を営業させてくれるその企業の責任なのだと思います。
当然、看板使用料は家賃と同じように毎月払いにして、入居のテナントさんが無理なく支払えるようにしてあげることが、人間としての優しさではないのでしょうか。

この企業の幹部の方達が、上記の看板の無いお店がズラーと並んでいる写真を見て、うちらのコンドミニアム ( マンション ) は何か違うなと気が付いてくれれば嬉しいのですが・・・・・


悔しい気持ちを抑えつつ、私は看板を出すお金をかき集めて、この巨大企業の看板使用料を支払いました。7月29日のことです。
どんなにその金額が高くても、看板が 「 ある 」 のと、「 無い 」のとでは、100倍の集客の差があることを知っています。
看板が無いお店で、一日一人のお客様がくるとすれば、目立つ看板のあるお店には、一日100人のお客様がご来店になる可能性があります。

繰り返しになりますが、この目抜きのデラローサ通りの角地のお店で成功するには、看板が命なのです。


しかし、私の戦いは、ここから始まるということを、その時は知り得ませんでした。

看板使用料を払い終えた時に、先方の会社から適切なアドバイスを貰えなかったのが事の発端でした。
これは、巨大企業にありがちな官僚主義によって引き起こされる過ちです。
担当者レベルでは何も決定権がありません。
巨大企業だからこそ、現地のマンションに出張の事務所が置いてあるにもかかわらす、本社事務所と現地の出張所の間を30回も往復させられるテナント借主の労力と気持ちを考えたことは無いのでしょうか。

私は毎日毎日、 「 看板 」「 看板 」と祈っていました。
とにかく8月1日の仮開業に合わせて看板が取り付かないと大変なことになります。
看板の無いお店では、シュークリームが全然売れないことが解っていたからです。

7月31日に、発注してあった看板素材も出来上がってきて、「 よし取り付けだ! 」といってマンションの運営事務所に 「 看板取り付け許可証 」 をもらいに行きました。
すると、担当の方は驚くべき言葉を平然と言いました。

「それでは、今から看板の契約書を作りますので、1週間お待ち下さい」
なんと、お金を全額払い込んでから、何のアドバイスも無く、また2日が経過してしまいました。

「 でも、支払いが済んでいるので、看板を取り付けても構わないですよね? 」とお聞きしましたら、

「いかなる場合でも、契約書を取り交わすまでは、一切看板の取り付けはできません」
という厳しいお返事をいただきました。

前回の記事にも書きましたが、小さい個人商店などでは、商売ができない期間が長引くのは本当に命取りになりかねません。
一日でも早い開業を祈っている個人商店主の気持ちを考えようにも、官僚主義の会社にはできる余地すらありません。

開業できないことで毎日数万円の損失が発生しますが、それでも私は我慢の日々を過ごしました。
そして、8月7日(金)、待ちに待った看板契約書にサインを取り交わし、看板取り付け作業が始まりました。

その後に起こる大事件を、そのときは知る由もありませんでしたが・・・・・
その事件とは、本当にこのマンション経営の会社に人間の心が無いことを証明するものとなりました。



今回の看板にまつわる出来事は、このHappy Cream Puff レガスピ・ビレッジ店の最大の攻防線であることに間違いはありません。

物語はさらに続くのですが、長くなりましたので、ここで一旦アップします。

続きは、次回に後編として締めくくりたいと思います。







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posted by Happy Cream Puff at 21:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 起業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サインボードへの煮えたぎる想い ( 前編 )


サインボード

日本語で言えば 「 看板 」 ですね。

今日の記事は、その看板にまつわる涙の記事を書いてみたいと思います。



その前に、8月1日に仮開業してからの状況をレポートしておきます。

前回のブログ記事に冒頭に、アキノ元大統領へのお悔やみの言葉を書きました。
つまり、今から振り返りますと、アキノ元大統領がお亡くなりになった日にレガスピ・ビレッジ店を仮開業してしまったということになります。

私は、日本人ですから、いくらフィリピンに暮らしているといってもフィリピン人の心の中を理解することは難しいのかもしれません。
アキノ元大統領の死去は、フィリピン国民に最大の悲しみをもたらしました。
これほどまでにも国民に愛されていて大統領だったということを思い知らされることになりました。

私自身も、人生最大のミスを犯していたとは、この時には全然気がつきませんでした。
つまり、8月1日にレガスピ・ビレッジ店を、たとえ仮であっても開業させるべきではありませんでした。
8月1日から、すべての国民の意識は、この今世紀最大の葬儀に集中していました。

私は、このときばかりは、「 Happy Cream Puff 」 というブランド名を恥ずかしく思いました。
8月1日からは、シュークリームの販売が激減しました。
レガスピ・ビレッジ店だけでなく、本店でもあるTHE ZONEにあるお店の方でもシュークリームが売れなくなりました。
新店であるでレガスピ・ビレッジ店は、この1週間で本当にわずかだけシュークリームを売っただけという悲惨な結果になりました。


前回の記事にも書きましたが、今回のレガスピ・ビレッジ店は 「 居抜き物件 」の店舗でした。
もちろん居抜きに入ることのメリットはたくさんあります。
すでにそこにあるお店なので、各種免許や証明書等の手続きが簡単だったり、簡単な内装工事だけ済ませてすぐに営業を始められる、とか、居抜きである分、新規でお店を始めるより格段に出店費用を抑えられるというようなことなどです。

実は、私もこの物件において、遅くとも7月18日くらいの開業を考えていました。
私も限られた予算の中でお店を作らなければなりませんし、何より「 居抜き物件 」の危険なところは手に入れた瞬間から家賃や光熱費が発生してくることです。
開業が長引けば、命取りになります。
すばやい手続きと、簡素な店内改装を経て、速やかにお店を開けるつもりだったのです。

ところが、すべての関係機関が、私のところへ、まるで 「 そこでお店をやることはままならぬ 」 と言って牙をむいてきたのです。
フィリピンでこんなに叩かれたのは初めてかもしれません。

速やかに開業するどころか、弱いものいじめが始まりました。
小さな個人商店が、新しいお店を開くことを夢に見て、一日でも早く商売を始めようとしているだけです。
多くの人達が待ち望んでいるお店を、人々が買いやすい場所に出そうとしているだけです。
何も、そこでいかがわしい商売をしようとしている訳ではありません。
この国は、ある意味腐っています。
正直で真面目に生きている人間を動物のように扱っていい訳がありません。

お金持ちだけが優遇され、お金が無い人は粗雑に扱われます。
「 ○○○を払わないと証明書を発行しないぞ 」 とは、いったい何様のつもりなのでしょうか。

私は、今回の出店作業では、本当に心が折れました。
フィリピンの人は、誰も私に協力してくれないと感じました。

私も今年でマカティに2店という相次ぐ出店をしているためにお金も全然ありません。
居抜きの店舗ですばやい開業をしなければ大変なことになります。
フィリピンの銀行にも何度も融資の相談に行きました。
事業が好調なこともあって、どこの銀行の担当者もにこやかに対応してくれました。
そして、いつも最後にこう言われるんです。

「 融資をすることは可能です。
で、家と土地の担保はありますか??? 」

そんなもんあるわけないです。(泣)


興奮して話がちょっとそれてしまったようです。
すいません。

つまり、なかなか出店準備がはかどらずにどんどん経費ばかり飛んでいき、毎日毎日開業できない日が過ぎていき、私は胃に穴が空きそうなほど疲弊していきました。

そして、看板すら無い中、もう後が無いというところまできてしまい、8月1日にお店を開けたのです。
満を持して開業したとたんに、フィリピン中が喪に服しました。

大ピンチです。


私には、大きな夢があります。
ですから、どんな困難に直面しても、どんなにいじめられても、くじけることはありませ。
絶対に負けません。

今回の出店作業で、黒く汚れたお役所の内部とか、完璧な官僚主義に大企業の心の無い ( お客様への ) 対応を見せつけられました。

そんな困難の中をくぐりぬけて作り上げたお店こそ、本当に輝く価値があるんだと信じて進んでいきたいと思っています。


ちょっと、今日は、心の中に溜まっているものを吐き出させていただいたようです。
看板のお話を書こうと思っていたのですが、とりあえず長くなりましたので、ここで一旦アップしておきます。

続きは、なるべく早いうちに書きたいと思います。(汗)






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posted by Happy Cream Puff at 06:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 起業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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