2009年09月28日

天国から悪夢へ − 激動の4日間と未曾有の大災害


フィリピンが大変なことになりました。

想像を絶する大洪水になってしまいました。

多分、誰もこんな豪雨になるとは予想していなかったのでしょう。
42年ぶりの大雨で、たった9時間で1ヶ月分以上の降水量を記録したそうです。
地域によっては、5〜6メートルも増水したところもあるという凄まじい台風でした。



私も、頭が混乱していて何から書いていいのか解らなくなっています。
とりあえず、この4日間の激動を順を追って正確に書いていきたいと思います。


前回の記事にも書きましたように、私はAkiraさんとのコラボレーションで参加することになりました、この巨大展示会に大きな期待を寄せていました。

9月24日の2日目には、まだ具合が良くならない女房のマリセルが、どうしてもこの展示会に出店している自分のブースをひと目でも見たいということで、私が寄り添って連れてきました。

これがその時のマリセルの写真です。

asia food expo 2009-2.JPG

まだ笑顔が戻らないですね。
厄介な病気です。


この展示会に賭ける私の意気込みは大変大きなものがありました。
1ヶ月かけてこの展示会用に新しいチラシも1万枚作りました。
多くの人達にシュークリームを食べていただき、ブランドを広め、同時にチラシを差し上げることによって、マカティの中心に2店のお店があることを宣伝するのです。
そして、このASIA FOOD EXPOこそが、その絶好の機会になると確信していました。

実際に蓋を開けてみましたら、私の想像を超える注目度に、私自身が驚きました。
期間中、Happy Cream Puff のブースに人だかりが途絶えることはありませんでした。

asia food expo 2009-3.JPG

このブースでは、エキスポ特別価格ではありましたが、実際にシュークリームを販売していましたが、予想を超える売り上げに、配送スタッフに何度も往復してもらってシュークリームを運び込みました。

この会場には、一般の来場者というより、食品業界の方々が多くいらしていたこともあり、かなり多くの方から 「 フランチャイズをやっていますか? 」 という質問もありました。
あるフランチャイズ希望の方は、その場に1時間も留まって、じっと販売の様子を観察していました。


この展示会と、既存のお店とのシナジー ( 相乗効果 ) は展示会2日目から現れはじめました。
なんと、マカティの2店舗の売り上げが急激に伸びたのです。
特に3日目の金曜日には、マカティ店で過去最高の売り上げを記録するほどの売り上げがあり、とうとう展示会場に配達するシュークリームが無くなってしまい、夕方前には展示会場は完売で閉店となってしまいました。
私としましては、嬉しい悲鳴です。

2006年9月にこのシュークリーム事業を始めてから約3年。
最初は売れずに苦しんだことは、今さら言うまでもありません。
シュークリームを1000ペソ売るのがどれだけ大変なことなのかを私は身をもって経験してきました。
ここまでの道のりは本当に厳しいものでしたが、この金曜日に記録した売り上げは間違いなく過去最高のものでした。

最高記録が嬉しかったというよりも、女房が病気であっても、この展示会にすべてを集中するんだという気持ちで望んだ結果が、明日以降の商売に大きく繋がったことが嬉しかったのかもしれません。
これも、この最高の舞台をセッティングしていただいた、Akiraさんのおかげです。
Akiraさん、本当にどうもありがとうございました。

とにかく、この日までの3日間は、私にとって人生最高の瞬間だったのかもしれません。

そして、その時は、翌日に来る悪夢を知るよしもありませでしたが・・・



金曜日に展示会場を早めに引き上げてきたのですが、すでにその時に不吉な前兆が始まっていました。

展示会場から、Happy Cream Puff マカティ店までは、たった4qという近さです。普通ならクルマで20 〜 30分の距離ですが、この日は会場を出るなり、激しい雨とどこの通りも大渋滞でほとんどクルマが動かない状態でした。
結局、お店到着まで2時間以上もかかってしまい、私も運転疲れでヘトヘトになりました。
同時に、この日は全てのスタッフもお疲れモードで、翌日最終日の準備もままなりませんでした。

私も夜は熟睡していたようで、夜通しの激しい雨の音も子守唄だったようです。


2009年9月26日 土曜日
朝から激しい雨が降っています。

お店では、スタッフ達が展示会へ行く準備をしていたのですが、私は、マンションの部屋で、経理処理や当日の展示会の準備をしていました。

その時でした。
一人の男の子のスタッフがマンションの部屋に駆け込んできて、 「 サー、すぐ地下駐車場に来て下さい! 」 と叫んでいました。

私も、何が起きているのか瞬時に理解しました。
マンションの地下駐車場には、私のクルマが1台と、配達用のバイクが1台駐車してあるのです。

その後は、もう頭の中は真っ白でした。
家の中で靴を履きながら、 「 チクショー! 」、 「 バカヤロー! 」、 「 何でもっと早く言わないんだ! 」と叫んでいました。
マンション中はすでに停電していました。
階段をダッシュして駆け下り真っ暗な地下駐車場への階段を下りはじめましたが、その時点でもう私の膝から下に冷たいものを感じました。

この写真は、駐車場へ降りるための階段です。
写真は1階部分の踊り場です。

flood1.JPG

つまり、すでに地下駐車場の天井まで水が入っているということになります。


すぐに外の状態を見て驚きました。
凄まじい光景です。

flood4.JPG

マンションの前のマルガイ通りを、ものすごい洪水が襲っていたのです。
写真では解りませんが、かなりの勢いで流れていました。

すぐに、お店が心配になり、この洪水の中を歩いて行こうと思いましたが、深いところだと腰くらいまでの水位があるとのことで、先に携帯電話でお店に連絡を取り、とりあえず全員無事ということを確認してお店にいくのはやめました。

ズームアップで撮ったお店の写真です。

flood2.JPG

幸いなことに、マカティ店は店舗が1段高いところにあり、それがせめてもの救いでした。
ちょうどお店のフロアと同じ水位になったところで、カフェフロア部分に床上浸水がありましたが、中のスタッフの懸命も作業で一部の浸水で食い止めることができました。


後から、様子を見に来たイチローも初めて見る洪水に言葉もありません。

flood3.JPG

イチローと一緒に、このマンションの地下部分にあるテナントを見に行きました。


このように、完全に地階のテナントは水没していました。

flood5.JPG

イチローは、 「 このテナントの人達がかわいそうだ。 」といってシクシク泣き出してしまいました。
幼い心にも、この大災害がどれだけ人々を苦しめているのかを理解しているようでした。


私は、もう1店のレガスピ・ビレッジ店の方も心配になりましたが、前面のデラローサ通りは冠水しているものの、お店自体はかなり高い段になっているので被害はありませんでした。


しかし、私は放心状態だったと思います。
商売上でもっとも大切なクルマを1台と、やはり大事な配達用バイクを水没させてしまいました。

この写真はちょっと衝撃的です。
夜になって水が引いてから、駐車場の入り口に行ったのです。

flood7.JPG

写真では解りにくいと思いますが、手前が地下へ降りていくスロープのセメントです。
なんとその奥に見えるのが水面です。
つまり、地下駐車場の天井まで水没しているのです。

私は何度も何度も後悔しました。
悔しくて、悔しくて、悔しくて・・・・・
どうして、もっと早く言ってくれなかったのかとスタッフ達や、マンションのセキュリティー・ガードを恨みました。
そして、大型台風が来ていることを知らなかった自分にも腹が立ちました。

この洪水の時は、女房のマリセルは、お店の中にいたのです。
展示会でいつもより忙しいということもあり、体調不良ながら手伝っていたのです。
私は、後になってマリセルをも責めました。
どうして、大洪水になる前に教えてくれなかったのかと。

その後、マリセルやスタッフ達の証言を聞きましたが、その洪水は突然やってきたそうです。
ほんの数分前まで、道路は冠水していませんでした。
まさに鉄砲水が襲ってきたのです。
誰も予想すらできなかったのです。
仕方ありません。
もう誰も責めるのはやめました。
それが災害というものかもしれません。

私はこう考えるようにしました。

あの大増水の3分前にその知らせを聞いて、まだ地下駐車場に水が入る前にクルマにたどり付いて、クルマに乗った瞬間に、スロープから大量の水が流れ込んできたら・・・・・
とても水圧に逆らって急角度のスロープを上がることはできないでしょう。
1歩間違えればクルマの中で命を落としてしまうくらい危険なことだったかもしれません。
そう考えると、あの遅れたタイミングは、神様が助けてくれたのかもしれません。



翌朝になって、地下の店舗部分の排水が始まりました。

flood8.JPG

非常用の発電機でかなり小型のポンプを駆動させていますが、その排出量は微々たるものです。1時間に数センチという感じです。

これは、昨夜と同じ駐車場入り口の写真です。

flood9.JPG

水位はほとんど下がっていません。
この濁った水の中に、私のクルマとバイクが取り残されていると思う度に、心が痛みます。
私のとっては宝物のようなクルマとバイクです。
一日でも早く助けてあげたいと思いますが、この調子で水を抜いていたら2週間はかかりそうです。

また、このマンションはお粗末なことに地下駐車場にメイン電源が入っているそうで、水が抜けるまで2〜3週間くらいは停電・断水状態が続くとのことです。
これはイチローの食事風景です。

flood6.JPG


自然災害に対しては、人間なんて無力なものということを痛切に感じています。
また、繰り返す災害に何の対策もできない発展途上国の力の無さも知ることになりました。

今回の記事は、私を襲った“悪夢”を書いてきましたが、このフィリピンを襲った大災害は、数えきれないくらいの被災者を産み出しました。
そして、そのひとり一人に同じような極限のドラマがあったことでしょう。

街へ出ると、人々が復旧作業に追われています。
また、多くの商店も災害に負けず、もう商売をスタートしています。
私は、その光景を見ながら、フィリピンの人々は災害に強いなと思いました。
大災害の中でも、誰もが生きなければなりません。

もちろん私もそうです。
災害で失ったものもありましたが、そんなことに負けている場合ではありません。
私は、大災害の日も、その翌日もお店を開けました。
災害に負ける弱い気持ちを持ちたくはありませんでした。
フィリピンは、また明日から復興に向けて進んでいかなければなりません。
経済を止めてはいけないと思います。

また、少しずついつもの日常が戻ってくることも確信しています。
人々の疲れた心に、シュークリームが役に立つことも、また社会貢献だと思いながら毎日笑顔でお店を開けていきたいです。

ハッピークリームパフは、この大災害を乗り越えて、また強くならなければなりません。

そして、私が愛するフィリピンという国が、もっともっと良い国になることを祈っています。



ご心配をいただきました皆様には御礼を申し上げます。
Happy Cream Puff は元気です。
これからも頑張りますので、よろしくお願いいたします。








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2009年09月24日

たくさんのお見舞いのお言葉をいただきまして、ありがとうございました


長い間、ブログの更新ができませんでした。

女房のマリセルの病気の記事に対しまして、大変たくさんのご心配とお見舞いのお言葉をいただきましてありがとうございました。
コメントをいただいた度にマリセルにもその旨を伝えていましたが、マリセルもその励ましの言葉を聞いて少しずつ回復に向かっていきました。

ひとつひとつのコメントに、お返事もできませんでしたが、この場をお借りしまして御礼を申し上げます。
皆様、本当にありがとうございました。


結局、現時点で、 「 メニエール病 」 と確定しているわけでもなく、専門医の診察でも、いろいろな病気の可能性があるとのことでした。
メニエール病、突発性難聴、また、聴神経腫瘍などでも同じような症状が現れるとのことです。
( 今後に、MRIなどの検査をしてみないと正式な病名は確定しないとのことです )

病名はともかく、ひどいめまいは取ってあげたかったのですが、マリセルのめまいはとにかく長く続きました。
しかし、治療の甲斐があってか、ある朝突然めまいが軽減しました。
ちょうど発病から2週間後でした。

ひどい難聴と耳鳴りは、相変わらず続いているために、その後は、ステロイド剤( 副腎皮質ホルモン )の薬に切り替えて治療を続けています。

今週になってから、リハビリを兼ねて時々お店に顔を出すくらいに動けるようになりましたが、まだ無理はできない状況なので、休み休みやってもらっています。


そういう状態ですが、毎日のお店の運営は、途切れることはありませんでした。

正直に書いてしまえば、私も厳しい状況でした。
2軒の新しいお店をやっていくということは、やはりそれに集中していかなければなりません。
今日は、あまり時間がないので、このへんのことは、また別の機会にでも書いてみたいと思っています。



今日は、もうひとつ話題があります。


昨日、2009年9月23日
私は、ずっと前からこの日に集中していました。

「 ASIA FOOD EXPO 2009 」

起業友達(笑)のAkiraさんの絶大なるご協力のもと、このフィリピン最大級のイベントに、Happy Cream Puff の特設ブースを出せることになったからです。
http://philippinebusiness.blog.so-net.ne.jp/


そして、その夢のような舞台がこの写真です。

asia food expo 2009.JPG

ちょうど、女房が病気という中でのビッグイベントになりましたが、このイベントがHappy Cream Puffの将来の運命に大きく係わることは間違いないと断言してもいいかと思っています。

明日も早起きなので、今日はこの辺にしておきます。

次回にまた、この展示会の続報を書いてみます。


Akiraさん、昨日は本当にありがとうございました。
本日もよろしくお願いします!




※ 「 ASIA FOOD EXPO 2009 」は、
9月24日(木) AM10:00 〜 PM7:00
9月25日(金) AM10:00 〜 PM7:00
9月26日(土) AM10:00 〜 PM6:00
World Trade Center にて開催されております。
皆様のお越しをお待ちしております。




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2009年09月06日

メニエール病との闘い



その病気は突然やってきました。


8月30日、日曜日の深夜のことでした。

パソコンに向かってメールチェックをしていた女房のマリセルが、 「 左の耳に耳鳴りがする・・・ 」 と言ってきました。
本人も変だなと思って、すぐにパソコンを止めてベッドに横になりました。
すると今度は、 「 めまいがする・・・ 」 と言い出すのです。

めまいぐらいなら、ちょっと横になっていれば大丈夫かなと思っていたら、今度は、激しい吐き気が襲ってきました。
マリセルの容態を見ていても、どれだけ激しいめまい発作かがすぐに解りました。

病院へ連れて行かなければと思うまでにそんなに時間はかかりませんでしたが、今度はあまりに激しいめまいと吐き気で身体を動かすこともままなりませんでした。
隣の部屋で寝ていたお店のスタッフ連中を起こし、手伝ってもらって、とにかく担いでマリセルをクルマに乗せました。

行き先の救急病院は、マカティ・メディカル・センターです。
とにかく住まいから、5分くらいの一番近い総合病院です。
時間は夜中の4時ころだったと思います。
病院のエマージェンシーにクルマを入れると、すぐに警備の方が容態を見て、 「 ストレッチャー! 」 ( 車輪の付いたベッド ) と叫んでいました。

この日のこの時間に、なぜか広い救急室の中には、マリセル以外に誰も患者が居なかったのです。
そのためか、すぐに5〜6人くらいの看護士さんに囲まれて、応急処置が始まりました。
私もマリセルが大病院の中にいるという状況に、ちょっとホッした瞬間でした。

少しすると、女医さんが現れてマリセルを診断してから、私に病気の説明をしてくれました。
「 急激なめまい発作 」、 「 吐き気 」、 「 片側の耳の難聴 」
この症状からすると、メニエール病の疑いがあると言われました。


「 メニエール病 」

聞いたことのない病名でした。


後で、WEBで調べましたところ、

 聴覚と平衡感覚のセンサーである内耳(ないじ)は、骨迷路という骨の中の空洞に膜迷路すなわち感覚細胞からなる袋が収められた構造になっています。骨迷路と膜迷路の隙間は外リンパ(液)が、膜迷路の袋の中は内リンパ(液)が満たしています。メニエール病は膜迷路が膨張する内リンパ水腫(すいしゅ)によって、めまい、耳鳴り、難聴などの症状を繰り返す病気です。
 内リンパ水腫がなぜこれらの症状を反復して引き起こすのかはいまだに明確にされておらず、また内リンパ水腫自体の原因も不明で、内リンパの吸収障害説、過剰産生説、内耳の循環障害説、ウイルス感染説、ホルモン異常説、ストレスによる自律神経失調説などの諸説があります。 ( Webサイトより抜粋 )


これだけでは、どんな病気か良く解りませんが、時を同じくして、女優の美保純さんがこの病気のために舞台の主役を降板するということを知りました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090903-00000020-oric-ent
仕事や、通常の生活にも大きな影響を及ぼすということで、難病であることに間違いはなさそうです。


女房の病気は、まだ 「 メニエール病 」と決まった訳ではなく、その疑いがあるということです。
しかし、苦しむマリセルを、この苦しみから一時的であっても解放してあげなければなりません。
救急室での治療は続きました。
点滴や、めまいを取るための注射や投薬、それに血液検査や心電図検査などです。

治療にもかかわらす、マリセルの症状は一向に良くならないので、病院側からは、病室に移って入院治療をするように言われました。
私もそうしなければならない・・・と、ぼんやりとした頭で考えて、とりあえず一番安い相部屋の病室へ入ろうと思っていました。

しかし、私の難関は、その後にやってきました。
病院に到着してから3時間後くらいに、看護士さんから急に、「 デポジット( 預かり金 ) を入れて下さい。 」 と言われたのです。

金額を見て驚きました。
とても財布の中に入っているお金で払えるような金額ではありませんでした。

マリセルの症状は良くなることも無く、ベッドの上で苦しんでいます。

私が決断するのにそれほど時間はかかりませんでした。
私は、マリセルにささやきました。

「 マリセル、ごめんね・・・ 」

そして、看護士さんに今すぐこの病院から退出する旨を伝えました。
はじめて少ししかやっていない点滴の針を抜いて、マリセルを抱きかかえて病院を出てきました。

最初から、この病院に来なければ・・・・・
と何度も後悔しましたが、あの状況で他の何処に救急病院があるかもわからずにとにかく夢中でこの病院に来てしまいました。
結局この病院は、私達には分相応ではなかったのです。


マリセルを家に連れて帰ってベッドに寝かせてから、私自身も一晩中寝ていないことを思い出したように床に敷いてあったイチローのマットレスに倒れ込みました。

マットレスの上で、悔しくて悔しくて涙が出てきました。
女房が苦しんでいるのに、どうしてやることもできませんでした。
情けないです。



それから10時間後くらいに、私の目が覚めました。
マリセルの具合は、吐き気は無くなっていましたが、激しいめまいと難聴は続いています。
私は、耳鼻咽喉科のドクターを探して、こんどは、ローカル ( 一般庶民の ) の病院へ行きました。
そこのドクターも、恐らく 「 メニエール病 」 だろうと言いました。
どうして、こんなに長時間めまいが続くのかと聞きましたら、長いときは1週間くらいめまいが続くと言われました。
とにかく、内リンパ水腫の腫れを取らなければならないので、薬を処方していただきまして、入院することなく自宅で静養するようにアドバイスを受けて帰ってきました。

私の闘いは、そこから始まりました。
とにかく、寝ずにこの病気がどんな病気なのかを、WEBで調べまくりました。
病気と闘うためには、医者まかせにしてはならないと思っているからです。
日本ならまだしも、ここはフィリピンです。
自分で知識をつけるながら、治療を進めていかなければなりません。


マリセルが倒れてから、今日で丸6日が経過しました。
しかし、激しいめまいは続いていて、一日中ベッドの上で横になっているしかありません。
なんとかめまいだけでも取り去ってやりたいのですが・・・


私にはお店があります。
毎日買いにいらしていただけるお客様のご期待にこたえなければなりません。
しかし、私の横にはいつもスタッフが居てくれます。
スタッフも全員マリセルのことを心配してくれていて、この緊急事態に休日も返上して頑張ってくれています。
マリセルが店頭に立っていない間に、ご不便をおかけするかもしれませんが、なにとぞご理解いただきたいと思っています。
私達も、一日も早いマリセルの回復と仕事への復帰に頑張っていきます。


今後、しばらくの間、このブログの更新を休ませていただきたいと思っています。
また、温かい励ましのコメントをいただいておりおますが、やはりしばらくの間はコメントのお返事ができなくなりますことをご了承下さい。


最後になりますが、私はここまで何度となく困難に直面してきました。
今回は、新店舗を立ち上げた直後に、マリセルが突然の病気に襲われてしまいました。

しかし、どんな困難であっても、私は絶対に乗り越えていきます。
あきらめたらお仕舞いです。
何があっても負けません。







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