2008年08月23日

何のために、フィリピンで起業するのか?「後編」

お待たせしました。
それでは、「後編」を書いていきます。

タイトルの、「何のために、フィリピンで起業するのか?」 という問いかけに対する回答は、前回も冒頭に書きましたが、

1.家族を幸せにすること
2.フィリピンに“未知”の洋菓子であるシュークリームを普及すること
3.フィリピンに社会貢献すること

これでしたね。

そして、その中には、「スタッフを育てる」という大きな社会貢献が含まれている、というところまで前回に書きました。


それでは、私が落ち込んだお話をしてみます。

事業を始めてスタッフに働いてもらうようになると、実にさまざまな性格を持った人達に出会います。

事業をする目的や理念というものは、決まっている訳ですから、そのスタッフによって、違う目的になったり、理念が変わるということではありませんので、働きはじめるのに難しい説明も必要ないつもりでいます。

Happy Cream Puffでしたら、
「美味しいシュークリームを心を込めて手作りして、それをお客様に食べて喜んでいただきましょう」
「スタッフは、自らシュークリームを作り、自らシュークリームを売ってください」
「スタッフはいつも笑顔を絶やさず、元気に楽しく働いてください」

まあ、それだけです。
深く考えないでも、誰にでも理解できる事柄ですね。

もちろん、上記の仕事を進める上で、接客態度とか、服装とか、作り方とか、食材の管理とか、お金の管理などの細かい規定はありますけれど。


今週のことです。
私は、月曜日の夜は、お店にいました。
火曜日から体調を崩して、一日中家で休んでいたので、お店へは顔を出せませんでした。
水曜日は、午後から体調も戻り、夜に出かける用事があってやはりお店へいけませんでした。
木曜日も朝から食材の仕入れがありマニラへ出かけていました。
要するに、2日半くらいの間、お店へ顔を出せなかったということです。

木曜日の夜に、お店で、2人のスタッフと、こんなやり取りです。

私「使用食材料のリストを見せて」

スタッフ「はい」
・・・・・と言って探すふりをしている・・・・・

スタッフ「無いみたいです」

私「じゃあ、記録してないんだ」

スタッフ「・・・ハイ」

私「何で記録してないの」

スタッフ「記録用紙の記入欄がいっぱいになって書くところが無かったからです」

と、言われました。

私も、長い (まだ短いかもしれませんが) フィリピン生活で、ちょっとやそっとのことでフィリピン人を怒ることは無くなりましたが、このときばかりは我慢できません。
一般的に、フィリピン人は謝らずに、いい訳をすることは解っていましたが、このいい訳には、我慢ができません。

毎晩、私が、この使用食材料のデータを大切に持って帰ることは、スタッフも、私との毎日のやり取りをしているので知っているはずです。
それを、記入するスペースが無かったから、という理由でやっていないとはどういうことなのでしょうか。
おそらく、私が具合が悪く家で休んでいることを知っていたのでしょう。
ボスがいないから、仕事の手を抜いてもいいんだ、という考えかたが見えてしまいます。

責任を持って仕事をするということは、記入欄がいっぱいになったら、その紙の白紙の裏面に記録することではないのでしょうか。
そんな、簡単なことも思いつかないような脳ミソしか持ち合わせていないのですか。

私は、その場で2人を叱りました。
「材料も管理できないなら、シュークリームなんか作らなくていい!」

これは、大切なことです。
ボスがいないから、決められたことをしなくてもいいと、思っている人がいるだけで、私とスタッフの信頼関係は崩壊します。
たとえば、ボスがいないから、レジを打たずに、お金をポケットに入れてしまいますか?
たとえが悪いかもしれませんが、フィリピンですからそのくらい気をつけるのは当たり前です。

私もはっきり言いますが、そのような信頼関係が築けない人と、一緒に仕事をしていくつもりはありません。


はじめは、教えれば誰でもできると思っていました。
そう信じて、スタッフに接してきていました。
ところが、いろいろ人達に教えてきた経験から、言えることがあります。

「できない人は、何度教えてもできません」


スタッフにまつわる、面白いエピソードはたくさんあります。

先日も、女の子を一人仮採用してみました。
一日、お店で仕事を教えてあげましたら、もう翌日に辞めてしまいました。
その子は、辞める理由を別のスタッフに話していたそうです。
「私には、この仕事はきつすぎる。私がやりたい仕事は、セルフォン・ショップのブースで一日中座って、菓子パンをかじりながら、友達とセルフォンでテキストのやり取りをしながら、時々くるお客さんとアゴでやりとりするような仕事なの」

「・・・・・・・・・・」(絶句)

こういう人間が、本当にフィリピンにいるということです。

もうひとつ、3ヶ月くらい前の爆笑エピソードです。
デリバリーマンとして男の子を仮採用しました。
大学を卒業したばかりでしたから新卒ということになります。
過去に仕事をした経験が無い子でしたから、仕事の「し」の字も知らずに来ましたから、何もできないのは仕方が無いと思いつつも、手取り足取り教えてあげました。
私自ら、デリバリーの配達エリアまで、その子とバイクに二人乗りして教えたのです。
そして、何とかデリバリーが一人でもできるようになった、1週間後のことでした。

私はバイク通勤なので(笑)、夜、バイクで帰ろうとしたら、とても走れる状態ではありません。
フロントタイヤが曲がっていて、フニャフニャになっていました。
「これは・・・」と思って車体をチェックすると、ハンドルやレバーも曲がっているし、ミニカウルやマフラーも傷だらけです。
明らかにぶつかって、転倒していました。

私とデリバリーマンしか、バイクに乗らない訳ですから、この日のデリバリー中に起こったアクシデントです。
すぐにそのデリバリーマンに電話しましたら、その返答は、「知らないです。」とキッパリ言われました。

そこまで言われると、怒りを通り越してしまいます。

起きてしまったアクシデントは、仕方ありあません。
すぐに一言、「転んじゃいました。バイク壊してすいませんでした。」 と言えばすむことです。
嘘を突き通すことは、彼が生まれてから18年間誰に教わってきたのでしょうか。
両親でしょうか?
学校の先生でしょうか?
友達でしょうか?

このように宇宙人みたいな人が、本当にいるのです。
残念でたまりません。


お菓子をかじりながら、座って仕事したい、と言っていた女の子の変わりに、また新しい女の子を仮採用しました。
その子は、チャルミナという娘さんですが、とても元気な子で、すごく好感が持てました。
昨日もちょっと離れたところから、その子の仕事振りを見ていましたが、自分から積極的にお客様に笑顔で接客しています。
その姿を見て、私は、目を細めながら、「頑張って!」 とつぶやいていました。


私はたくさんの人を見てきました。
頑張る人、頑張れない人、真面目な人、不真面目な人、信じられる人、全然信じられない人。

教えることは、大切なことですが、やはり、人とは、その人それぞれに持っているものが違います。

私の大きなテーマは、フィリピンでスタッフを育てることで社会貢献をすることです。
しかし、その道は、簡単なものではありませんでした。

経営者が、高い志と大きな目標を持っていても、それを全てのスタッフに理解してもらうことはできないなぁと思うようになりました。

ただ、そうであったとしても、やはり、事業を一緒にやっていく仲間として、そこに「何か」が無ければならないことは確かなことです。
その「何か」とは、お金であったり、福利厚生だったり、仕事に集中できる環境とか、社内の交流だったりと、いろいろなことが考えられます。

私の事業はまだ始まったばかりですので、そのことに関してはまだまだ整備をしていかなければならない課題と解っています。
しかし、Happy Cream Puffとして、これからスタッフとどのようにお付き合いしていくのかという方向性は見えています。
それが、できなければ、Happy Cream Puffの発展もありえませんから。



最後にひとつ、将来有望な若い人達へ言いたいことがあります。

「せっかく生まれてきて、ダラダラしたり、嘘つきになったりしてたらもったいないよ。」
「全力で働いてみたらいいじゃないか。」
「きっとそこには、楽しい世界があります。」
「そして結局、それは、将来の自分に返ってくるものですから。」



私はこれからも、この無限の可能性の国フィリピンで、精一杯頑張ります!





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posted by Happy Cream Puff at 19:39| Comment(22) | TrackBack(0) | 起業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何のために、フィリピンで起業するのか?「前編」

「何のために、フィリピンで起業するのか?」

この問いかけに対して、私は明確な回答を持っていました。
それは、

1.家族を幸せにすること

2.フィリピンに“未知”の洋菓子であるシュークリームを普及すること

3.フィリピンに社会貢献すること

大きく分けると、このように3つのことになります。

1番目の家族につきましては、このブログでも多く書いてきました。
家族の幸せの上にこそ、幸せが出来上がるということを書いてきたつもりです。
時には、水族館や映画へ家族を連れて行ってあげるというのは、具体的な一例ですが、私が言いたかったことは、家族の幸せ無しに、起業の成功はあり得ないということです。

2番目は、読んでいただいた通りです。(笑)
説明のしようがありません。

3番目は、ちょっと説明が必要です。
なぜなら、社会貢献という言葉を使っているからです。

社会貢献には、実にたくさんの意味が含まれていますので、一言で説明はできません。
本当に美味しいものを、多くの人達に食べていただくのも社会貢献ですし、事業が発展して、店舗が増えて、多くの人達に楽しく働く場所を提供していくことも社会貢献です。
私は、PDFファイル「起業物語」の中でも、楽しく働く人達の創出のことについて書いてきました。
その根底には、多くのフィリピンの人達が、楽しく働くことの意味を知らずにいるということがあったからです。


実は、今日の私は、かなり落ち込んでいます。


私は、いつも明るく前向きでいることを、心がけています。
なぜかというと、私の大切なメンターの方と、そう約束したからです。

どんなに、辛く苦しいことがあっても、絶対、絶対に明日がやってきます。
「明日には、何が起こるか解らない!」
ということを、私は、起業人生を歩んできて悟りました。

明るく前向きにやっているだけで、奇跡のような「明日」が必ずやってきました。
いや、やってきたのではなく、自分の気持ちが、その奇跡を引き寄せていたのだと思います。

私も、常識で信じられないような奇跡的な出来事をたくさん経験してきました。

そのうちのひとつのエピソードを紹介します。
開業直後の大不振の時に、大手新聞社に記事を書いてもらったときのことです。

もともと、私は、開業したらすぐに、「フィリピンで一番大きな新聞社へ行こう」 と思っていました。

今でも思い出しますが、この新聞社へ行く前の、女房との大喧嘩です。

私 「おい、そろそろ行こうよ、新聞社」

女房 「嫌よ、私は行かないよ」

私「何で?」

女房「当たり前でしょ、一流新聞社が相手にしてくれる訳が無いじゃない」

私「そんなのやってみなければ解らないじゃないか!」

女房「嫌よ、恥ずかしい!、死んでも行かないよ」

私「俺はやってみるよ」

女房「勝手にすればいいでしょ、アナタはクレージーよ」

とまあ、こんなやり取りをしながら、それでも、試食のシュークリームを持ってマカティの新聞社へ行きました。
もちろん、クルマの中でも、女房との会話は皆無でした。(笑)

確かに、名も無い小さいシュークリーム屋が、フィリピンで一番の新聞社を尋ねることは、常識で考えても、「ありえない」 ことだったのかもしれません。

新聞社に到着してからも、女房は不機嫌で、もうこの世の終わりみたいな顔をしています。
人生でこんなにも恥ずかしい思いをしたことは初めてのようでした。

とにかく、アポすら無しで行きましたから、今から考えるとなんとも無謀です。
アポが無いので、とにかく受付へ行って、事情を説明して、なんとか、ライフ・スタイル編集部(食品を扱っている部署です)のオフィスへ入れてもらえるように、お願いしまくりました。
受付の若い女性は、意外と優しくて、すぐに内線電話で、ライフ・スタイルの編集部へ話しを伝えてくれましたが、やはり、どこの馬の骨だかわからない者を内部へ入れることは難しいことは理解することができます。(泣)

ということで、その日は、門前払いだった訳です。
でも、何か大きな目標を持った人は、何があっても絶対にあきらめたらダメなのです。

私は、いちかばちかで、持ってきた試食シュークリームを、その受付の女性に預けました。
「このシュークリームをあなたに差し上げます」
「全部、あなたが食べてしまってもかまわないし、ライフスタイル編集部へ届けてもらってもかまいません。」
「今日は、どうもありがとうございました。」

と、丁寧にお礼をして、その日はおとなしく帰りました。

その、5日後でした。
なんと、信じられないことに、ライフスタイル編集部から電話がきました。

「あなた方のシュークリームを、クリスマスケーキ特集で記事に書きたいので、ご協力お願いできますか?」

このときの、私と女房の歓喜の叫びは、もうここで表現のしようがありません。
メトロポリス・モールという3流モールの電気屋と靴屋の間に挟まれた通路で開業しましたが、毎日毎日、売れない日々が続いて、それこそ「もうだめだ」というような状況の中での、新聞社突撃訪問だっただけに、その喜びようは、私と女房にしか理解できないものでしょう。
あんなに、私のことをクレージー扱いしていた女房も大喜びです。

後日、再びシュークリームを大量に持って、新聞社を訪問した私達を、笑顔で迎えてくれたのは、あの時に受付の女性でした。
彼女は、あの日シュークリームを自分で食べないで、編集部へ渡してくれていたのです。

この日の取材で、「インクワイヤラー新聞」に掲載された記事はこれです。

inquirer_article.JPG

小さめの記事でしたが、この記事が出たことによって、クリスマス商戦にマニラ中から問い合わせ電話が来るようになり、可能な限り配達に行ったりして、開業直後の苦境を乗り越えたと言っていいでしょう。

それよりも、この新聞記事が、次のテレビ出演や、雑誌記事に繋がっていったといういことの方が大きかったということも付け加えておきます。


このエピソードで何が言いたかったのかというと、明日には何が起こるか解らない、ということです。
常識的に考えて、ありえないこととか、馬鹿げていることは、一般的には誰もしないことかもしれません。
しかし、そういう馬鹿げたことの中にこそ、チャンスは隠れているものです。
他の人がやらないことをやっていれば、必ずチャンスがやってきます。
最悪なのは、怖気づいて何もしないことです。

この突撃新聞社のことがあってから、私の心の中にすごく大きな“自信”が芽生えはじめました。
それは、「やってできないことは無いんだ」という思いです。
実際に、自分にできないことって何があるのかなと考えるのですが、今はいっぱいあります。(爆)
でもそうじゃないのです。
物事は何でも、一朝一夕にはできないことだらけです。
マニラへの出店もまだ実現していません。
じゃあ、「できないじゃないか」と言われそうですが、それは違います。
物事には、順番もありますから、今日明日にそれができることはありません。
しかし、私は「マニラ出店」することに、何の疑いの心も持っていません。
それは、誰が何と言おうと、自分だけは、絶対に出店するぞ、という強い意志を持っているからです。

私は、よく女房に冗談っぽく(実は冗談ではなく本気・・・?)、
「その気になれば、アロヨ大統領にだって、俺たちのシュークリームを食べてもらえるよ。」
と言います。
女房は、いつものように、そんな私をクレージー扱いで相手にもしてくれませんが。(爆)
でも、そんな困難なことだって、このブログで「やる」と宣言して、それを実行すれば、できない訳がないと思っています。


似たようなエピソードはまだまだありますが、それは、また機会がありましたら、ブログ記事で書いていきたいと思います。


あっ、これは、「明るく前向きに」という言葉を説明しようと思って書いたエピソードでしたが、なぜ、そこに行ったかは、「今日の私は、かなり落ち込んでいます。」ということを説明したかったからでした。
要するに、話が飛んでしまったということですね。(笑)

あれ、違いますね。
今日の記事のタイトルは、
「何のために、フィリピンで起業するのか?」
これでした。(汗)

長くなりましたので、今日は「前編」ということで、いったんここで記事を投稿します。

続きは、なるべく早いうちに(12時間以内に、笑)、「後編」として記事をアップしたいと思います。

それでは、また後で。



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posted by Happy Cream Puff at 08:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 起業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月12日

田舎暮らししたいですか?(不動産情報)

今日は、いつもと違いまして、売り土地情報です。

なんで、シュークリーム屋さんが、そんな記事を書くの?、と思われても仕方ありませんが、実は私の所有する住宅用土地を売ることに決めました。

理由は、非常にシンプルです。
フィリピンの会社員時代に、フィリピンで仕事をしながら暮らしていくのに最高の場所を見つけたのです。
もう、すぐその場所に惚れ込んで購入しました。
もちろん住むためです。(笑)
そのときは、「シュークリーム屋をやろう」などと思ってもいませんでしたし、当時はちょっと郊外へ行くと、土地は日本より全然安かったし、家だって安く建てられます。
日本にいては叶わぬ夢が、フィリピンでは可能だったのです。

今は、シュークリームで起業してしまいましたから、その土地に住みながら仕事をすることは困難になってしまいました。

たとえば、住まない土地を持ち続けているよりも、その土地をどなたかにお譲りしまして、その分、マニラへ1店シュークリーム屋を出した方が、多くの人達に喜んでいただけるのかなあと思うようになったという訳です。

可能でしょうか?
可能だと思います。
そのくらい素敵な場所だからです。
できれば自分で住みたいくらいです。(爆)

とりあえず、物件を紹介しておきます。
興味の無い方は、読み飛ばして下さい。


この場所にキャッチフレーズをつけるとしたら、

「あなたも、雄大な大自然が残るマキリン山の麓でくらしてみませんか。」

こんな感じですか。(笑)

日本でも、「田舎暮らし」ということには、誰もがあこがれるものです。
この場所も、首都圏に通える範囲での「田舎暮らし」という感じです。

私がこの場所に惹かれたのも、心の奥に、ずっと田舎暮らしの欲求があったからです。

私は、東京生まれの東京育ち、それで仕事もずっと東京でした。
何から、何までの都会育ちに、休息の時を見つけることはできませんでした。

前回の記事にも書きましたが、私が休日に東京から逃げるように、バイク・ツーリングに出かけていたのは、田舎への憧れからだったのかもしれません。

東京の会社を辞めて、四国へ移住したのも、田舎への憧れという部分も少しはありました。


まずは、この写真。
この住宅地から見た、マキリン山です。(写真は2004年のもの)
mt_makiling_&_house.JPG

マニラからもその姿を遠望できるその美しい山容は、フィリピンのリゾート用観光地としても有名です。
温度は低いですが、温泉があることで有名な山です。
それと、この山麓に湧き出す天然水は美味しいことでも有名です。

マキリン山は休火山ですが、なだらかな山容とは裏腹に、頂上付近の険しい岩肌は迫力があります。
ズームアップするとこんな感じです。
mt_makiling_zoom.JPG

カッコいい山ですね。

mt_makiling.JPG

コンクリート塀の向こう側はすぐマキリン山で、塀の手前側が私の土地です。
この写真は2004年のものですから、4年前のものですね。

現在は、こんな感じになりました。
(上物は無いです・・・汗)
subdivision_1.JPG

これは、道を挟んで反対側から見たところです。
subdivision_2.JPG

歩いてすぐのところに、クラブハウスがあります。
プールもあります。
club_house.JPG

その隣には、子供の遊び場もあります。
お子さんがいらっしゃる方には、なかなか良い環境かと思います。
play_land.JPG

息子のイチローも大喜びです。(笑)
seesaw.JPG
(女房の方が喜んでますね)


ここは、フィリピン最大手のアヤラ系列の子会社のデベロッパー(株式会社LPHI)ですから安心です。
設備もセキュリティーも大丈夫です。

division_map.JPG

これは宅地の配置図ですが、一番上の右側が物件です。
宅地面積は、342平方メートルですから、割合に広いです。
庭にプールを設置しても大丈夫ですよ。(笑)

この全区画は完売していますから、今は、デベロッパーから買うことはできません。
一戸あたりの面積が広い、完全富裕層向きも高級住宅地です。

最後に、位置関係がわかるように地図を載せておきます。

laguna_map_tri.JPG

地図の上部がマカティです。
マカティから、高速道路終点のカランバ市まで50分として、そこから国道で20分くらい走ったところです。

今現在、高速道路の延長工事中なので、それが開通すれば、マニラまで1時間が実現することと思います。
まあ、マニラまでの通勤圏と言ってもいいかもしれません。
(私も、カランバ市に長く住んでいましたが、高速道路の終点という好立地から、マニラへ通勤の方が多数住んでいました)


普段の買い物が心配ですか?
クルマで10分の町へ出ると大きな市場があります。
市場では嫌という方は、隣のリパ市へ行くことをお勧めします。
なぜなら、ここは大きな地方都市で、SMモールもロビンソン・モールもあるからです。
この2つのモールで、だいたい何でも揃いますから。

特にお勧めなのは、SM City LIPAです。
SM_lipa.JPG

最近できたばかりの綺麗な中型モールです。

このリパ市までは、高速道路ができていて、20分の快適なドライブでSMモールまで行けます。
これが高速道路の写真です。

expressway.JPG

どうですか?
この景色は、フィリピンじゃないみたいです。
まるで、アメリカの大陸横断ハイウエイです。


という訳で、フィリピンのんびり田舎暮らしのご案内でした。

どのような方にお勧めかといいますと、リタイヤなされて、フィリピンでゆっくり暮らしたいという方でしょうか。
もちろん海より山が好きな方です(笑)

フィリピンでお仕事を持ちで、マニラへ通われる方でも大丈夫と思います。

それから、シュークリームがお好きな方なら嬉しいです。
長いお付き合いができると思います。

もし興味があおりで、土地を見てみたいという方がいらっしゃいましたら、直メ下さい。そのときは、ご一緒に現地までご案内いたします。
価格もメールにてご相談ください。
只今、ディスカウント中です。(笑)

もし、売れなかったらどうしましょうか?
自分で住むしかないですね。(爆)


(※ 読者の皆様、お心あたりがありましたら、この情報をお伝えくださいませ)



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posted by Happy Cream Puff at 19:55| Comment(6) | TrackBack(0) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

大型バイクにのめり込んだ、スズキ二輪時代の思い出

少し前に、ある人と、ふとしたことからバイクの話になりました。

ふとしたこととは、その時にたまたま、配達用のホンダのバイクに乗っていたからでした。


その人「これは、何シーシー?」

私「100ccです。」

その人「最高時速は、何キロ?」

私「フェスティバル・モール正面の直線で、80キロはでますが。」

その人「結構、速いですね・・・」

と、50才を過ぎたおじさんらしからぬ変な会話をしていた訳です。(爆)


それを、きっかけに、昔はどんなバイクに乗っていたなどということを、お互いに話出しました。

その人も、昔はバイクが好きで、オフロードバイクを駆って、北海道ツーリングを楽しんでいたということでした。


私は、今でこそシュークリーム屋ですが、若いころは(笑)、もうオートバイが大好きでした。

まあ、今でもバイクを見ると「乗りたいな〜」と思うくらいですから、きっと、身体の中にそういう血が流れているのかもしれません。

当時は、好きが高じて、そのまま、「スズキ二輪東京」という会社に入社してしまいましたから。


その人と、バイク談義に花が咲いた翌日のこと、仕事中の携帯電話にでましたら、

「はじめまして、スズキ二輪○○の、○○と申します。」

私は、思わず、「えー!」という感じで驚きました。

だって、前の日にバイクの話していたばかりです。

またまた、引き寄せてしまったようです。(笑)


その、スズキの方とは、直接の面識はありませんでしたが、なぜかすごく懐かしくて、電話で話をしているうちに、当時のスズキ二輪時代のことが鮮明に蘇ってきました。

私の青春時代 (これはいい言葉ですね!) は、そのまま、このスズキ二輪という会社といっても過言ではありません。
私は、結局、22歳から36歳まで、この会社にお世話になりました。
14年間くらいですね。

今でも忘れもしませんが、このスズキという企業のスローガンは、

 「やる気!」

だったのです。

今でも、この会社から教わったことは、私の中で生きています。

バイクの会社ということもあり、社内には、やる気のやる若者の熱気みたいなものが溢れていました。

あの頃の仲間(上司の方、同僚、先輩、後輩)の皆様は、お元気でしょうか?


バイクの会社に勤めるくらいですから、バイク、バイク、バイクという当時の生活は半端ではありませんでした。
とにかく、バイクにまたがっていれば幸せという、単純明快な私でした。

仕事が休みの日は、一日でも、時間があれば、早起きして、ツーリングに出かけます。
必ず出かけてたと思います。
雨でもバイクに乗るのは楽しかったです。
東京から中央高速に飛び乗って、八ヶ岳近辺まで、(日帰りで)よく行きましたから。

まとまった休みがあれば、必ずロング・ツーリングに出かけていました。
特に、北海道が大好きで、よく通いました。(笑)
果てしなく続く、地平線の彼方まで伸びる直線道路を走りながら、松山千春さんの「大空と大地の中で」をヘルメットの中で歌っていました。(皆様は知っていますか?)

http://jp.youtube.com/watch?v=XJ3gZVxFAtM


ああ、素晴らしい思い出です。

北海道は、いつの日か、家族に見せてあげたいと思います。
この壮大な景色は、フィリピン人家族の目には、どのように写るのでしょうか。

あっ、「家族を連れて、北海道へ行く」と書いてしまいました。(爆)


bike_touring.JPG

写真は、私が26歳ころのものです。
この写真は、私の「起業物語」のプロフィール紹介のところでも使いました。

ヘアースタイルがすごいですね。長髪にパーマがかかっています。(爆)

私は写真が大好きで、ツーリングにはいつもカメラを持っていってたくさんの写真を撮っていました。
フィルム写真なので、現在は、ほとんど手元に当時の写真がありませんが、わずかに持っている中の一枚です。

この写真のバイクは、SUZUKI GSX-R750 といいます。
カッコいいでしょう。
いわゆる、「ナナハン」というバイクです。

これは、SUZUKI が、未だ、歴史的にも世界に誇れる、レーサーレプリカマシンでした。
私が、スズキが好きだった理由は、他社がやらない独自の道を切り開いてきたからでした。

この私の愛車は、ナナハンにして、乾燥重量がわずかに181kgという驚くべき軽量と、油冷エンジンという組み合わせで、他社メーカーの追随を許さない、当時国内最速のナナハンであり・・・・・
(おいおい、誰も聞いていないぞ!、汗)

そういうバイクですから、走らせることの喜びは、なんと表現していいのかわかりません。

このバイクには、皮ツナギ(ライディング用のスーツですね)をビシッと着るのが似合います。

この写真は、私の秘蔵の1枚です。

こんな写真を公開していいのでしょうか。

青春時代の思い出の1枚ということで、お見せしましょう。

GSX750R.JPG

バイクを操っているのは、まぎれもなく私です。(笑)

これは、サーキット走行会の時のものですから、ちょっと攻めてますね。
でも、普段は安全運転です。(それは、二輪車運転の鉄則ですから)


バイクの話を始めると、それだけでひとつのブログが作れてしまいそうですので、今日のところはこの辺でやめておきます。

私は、もう随分長く、貴重な人生経験を積んできたなあ、とこの記事を書きながら、昔が懐かしくなりました。

しかし現実、我に返りますと、ここは、まぎれもなくフィリピンなのです。


どこにいても、何をやっていても、若くても、年を重ねても、やはり、「何か」に熱中するということは、素晴らしいことなのではないかと思っています。

あの頃、青春というエネルギーを燃やしてバイクに打ち込んでいた私は、やはり輝いていたのかもしれません。


いま、私は、フィリピンという異国の地で、ただひたすら「シュークリームの世界」を作ろうと情熱を燃やしていますが、もしかしたら、私はまだまだ青春時代を過ごしているのかもしれませんね。(笑)




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posted by Happy Cream Puff at 15:02| Comment(6) | TrackBack(0) | バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

マニラ・オーシャン・パークに子供達おおはしゃぎ! 私も感激!

「家族を連れて、マニラ・オーシャン・パークへ行く」

と、このブログで宣言しておりましたが、遂に行ってきました。


有給休暇(爆)をとり、やって来ましたマニラ湾。

駐車場に入ると、そこはもう防波堤です。

クルマから飛び出すように子供達は、海辺へ走っていきます。

水族館へ行かなくても、もうここだけで楽しいみたいです。(笑)

manila_bay.JPG

ワクワク、ドキドキしながら水族館の方へ歩いて行きましたが、よく考えると、まさか、フィリピンで水族館を楽しめるということが信じられません。

ずっと以前に、タガイタイ(タール・レイク)の動物園へ行ったことを思い出しましたが、この動物園には、本当に驚く程たくさんの動物がいて、期待以上に楽しめたことを思い出しました。


ここが水族館の入り口です。
記念にパチリ。

park entrance.JPG

実は、この日は、私の友人の、タバチンさんもご一緒したのです。

私のブログの読者の皆様は、多分、タバチンさんのことはご存知かと思います。
そうです、写真入りのリンクが張ってありますから。(笑)

タバチンさんと、私が知り合いになりましたのは、意外なことに、つい最近です。

忘れもしないあの日は、確か今年の3月のいつだったか・・・(忘れてるって、爆)

タバチンさんは、SMサウスモールの、Happy Cream Puffのお店まで、わざわざ私を訪ねてきてくれたのです。

握手をして、挨拶を交わしたその直後から、一気に3時間ぶっ続けで、身の上話をされた、タバチンさんの記録は未だに更新されていません。(笑)

しかし、そのタバチンさんの「絶対にフィリピンでラーメン屋をやるんだ!」という気迫のこもったお話に、私は感動をおぼえました。

そこには、フィリピンで何かをやるという困難を知っている私には、とてもよく解るので、タバチンさんが歩いてきた道と、これから進んでいくであろう険しい道も、この人なら、乗り越えていくだろうなぁと思いました。

フードコートのテーブルで、コーヒーも水も飲まずにずっと話続けている、この大きな身体のタバチンさんを見ていたら、私と体格こそ違いますが(笑)、フィリピンで目指している「夢」は、私とまったく同じものだったのです。


私も、まだまだ小さい存在です。
そして、ここまで、女房と二人三脚でずっとやってきました。

しかし、そんな小さな存在の私でも、このように大きな夢をもつ人のお役にたてることがあるとすれば、それは素晴らしいことと思います。
小さい存在の私達でも、何かお互いに協力できることがあれば、この異国の地での起業の辛さを、楽しさに変えることはできるのではないかと感じました。
つまり、金銭的なことではなく、精神的に支えあうような仲間ということです。

私はシュークリーム、タバチンさんはラーメン。

同じフードビジネスで、同じ夢を持つ者同士の信頼関係は、何よりも一番大切なものと思うようになりました。

タバチンさんは、写真で見た通りのお人柄で、本当に愉快でほがらかで優しい人です。
見た目と性格がこれほど一致する人も珍しいかもしれません。(笑)

with_tabaching_family.JPG

この写真の上段は、タバチンさんのご一家です。
写真のおっきいお嬢さんは、タバチンさんの娘さんです。隣の男の子は、そのお友達みたいです(笑)

ということで、この日は、総勢7名での、水族館探訪です。


入場すると、すぐに大きめの水槽があって、そこで度肝を抜かれました。

タバチンさんよりも大きい魚が水槽内をゆっくり泳いでいます。

タバチンさん曰く「ここだけで、すごく楽しい!」
子供みたいに素直な表現をされていましたが、確かにその通りでした。
次に何があるのかという演出が上手な水族館です。

この巨大魚の水槽の前で、タバチンさんと一緒に記念撮影をしたのですが、私はこの写真を公開したくありません。(笑)

なぜなら、私の体重の2倍はあろうかというタバチンさんと、痩身の私の対比があまりにも爆笑です。
おまけに、背後に巨大魚が泳いでいます。

そこまで書くと、読者の皆様も写真を見たくなりますよね。(実は、見せたかったりして・・・汗)

ということで、小さめの写真を公開します。(笑)

tabaching_san.JPG

この後は、水族館によくありがちな小さい水槽がたくさん並んでいて、世界中の珍しい魚の鑑賞を楽しめました。

イチローなんか、「パパ、パパ、こっち、こっち!」と腕を引っ張られまくりで、もう興奮状態です。
そんな感じなので、私はゆっくり見たかったのですが、仕方ありません。

娘はいつもおとなしいのですが、ここでは、初めて見るたくさんの魚におおはしゃぎです。

こんな感じです。
魚が光っていて、なんとも幻想的な一枚が撮れました。

hikaru_sakana.JPG

圧巻は、やはり、巨大水槽です。

イチローなんか、もう気が狂ったように喜びまくりです。
このときは、本当に、家族を連れてきて良かったと思いました。

water_tunnel.JPG

それにしても素晴らしい巨大水槽です。もう無数の魚に加えて、メインの巨大エイと各種サメと盛りだくさんで楽しめました。
水槽のトンネルにも、子供達は大喜びです。

water_tunnel_family.JPG

う〜ん、素晴らしい水族館です。


ということで、マニラの休日レポートでした。
一日、うるさい子供達に終始笑顔でお付き合いくださいました、タバチンさんご一家にも感謝いたします。

タバチンさんも、ラーメン屋の夢が実現するように頑張ってくださいね。



と、ここまで書いて、「あれ、バットマンは?」という声が聞こえてきそうです。

ははっ。

実は行って来ました。
バットマンも見ましたよ。

いやー、カッコよかったですね。

このバットマン・バイクなんか最高です。

子供より自分が楽しんでしまいました。(笑)


イチローのTシャツを見てください。
しっかりバットマンです。
実は、このTシャツはタバチンさんからイチローへのプレゼントです。

私の以前の「バットマンを観にいく」というブログ記事を読んで、ならば、このTシャツを着て観に行くようにとなんとも嬉しい心配りです。(嬉泣)

イチローもこのポーズです。

batman.JPG

家族サービスで、子供と女房がこれほど喜んでくれるとは思いませんでしたが、実は、本当に楽しかったのは、私だったということを思い知らされました。

いい仕事をする(美味しいシュークリームを作る)出発点は、やっぱりこういう身近なところにこそあるのですね。

それを、教えてくれた家族にも感謝します。



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posted by Happy Cream Puff at 20:20| Comment(8) | TrackBack(0) | ファミリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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